東洋医学について

古代の漢方医学は、天体観測による宇宙観の発達によって、天体運行の知識が増加すると共に、運気論システムを完成させただけでなく、運気の起動を人体にあてはめることによって、経絡という概念を生み出してきました。

このことは漢方医学が原始宗教と関わりが深いとされる根拠にもなっています。

医学の発達過程において、人間は、天体観測を通じて、予言という神の代弁者を仕立て、同時に悪鬼や邪鬼という存在も考えるようになり、身体的異常は悪鬼・邪鬼の仕業として、それを払いのける行為がなされるようになりました。

一方、痛むところへは手を持っていく、熱のある時には冷たい水で冷やすなど、本能的に行われる自然治癒の促進も、人間は自然習得して知っていました。(石原明博士の「医学史概説」では、「人間も、原始に近いほど、本能が発達していたにちがいない。」と言っています。)

石原氏の言う「本能的医療行為」を、言葉として表現するのに、中国では、陰・陽という文字をあて、説明を試みました。

陰陽は、二元論でなく、大極という一元に帰納するものであり、一元世界における二面性のことを言います。また陰陽は、「陰の終わりは陽の始まりであり、陽の始まりは陰の始まりである」と言われるように、無限に繰り返される連鎖運動を含むものです。

文化の進展と共に、一元世界である大極から生み出された陰陽は、続いて三才、天地人または上中下という考えを、さらに東西南北・春夏秋冬・寒暖燥湿・上下左右といった四方という考え方を生んできました。

先の天体観測に依る民族宗教的な医術と、本能的医術の発生は、どちらが先であったのか、伝承でも定かではありませんが、いずれも人々が生きていく為の智恵として、自然観測に拠りながら発展してきたものです。

これら原始の医術は、文化の発展により徐々に学問に昇華していき、文字によって書物に記録され、整理・体系化されてゆきます。

西洋医学と漢方医学の比較

<ホリスティック医学・予防医学としての漢方>

日本では明治維新以降、漢方医学は衰退の一途を辿り、日本の医療は自然科学に裏打ちされた西洋医学が正統的医学の座を占めるようになりました。

昭和に入り、湯本求眞が「皇漢医学」を著し、漢方医学が復興を果たした後も、西洋医学は発展を続け、日本の医学の主役として活躍し、現在では遺伝子治療などの新しい治療法も研究・開発されています。

科学の進歩が進むにつれ、西洋医学の研究はますます細分化し、局所的にはミクロレベルにまで迫って研究を重ねているのです。しかし近年のストレス社会では、医学的検査でははっきりした原因の見つからない「不定愁訴」が増加する傾向にあり、西洋医学で治らない患者も少なくありません。最近社会的にも注目されているホリスティック医学は、自然治癒力を回復することで全身の機能を活性化させ、「不定愁訴」等を解消させることから「全体医療」とも呼ばれており、漢方もその一つに数えられています。

漢方を始め、東洋医学は、生体を総合的、全機的に把握する力に長けているのです。また後述する「気・血・水」という概念によって、東洋医学はストレスによる精神的・身体的症状を病気の三大要因の一つとして捉えらえます。

東洋医学では検査の数値によって、病気と健康を区別するわけではないので、先の「不定愁訴」のように、西洋医学では病気の段階に至らない患者に対しても、「体質改善」という形で積極的に治療を行うことができます。こうした特徴は、東洋医学の予防医学として側面を彷彿させます。


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